ローカルハンター ヒロ

全国を旅しながら農業や田舎の情報発信をしていきます。

全国農家さんのとこ行っちゃう?日記 165日目

ども。

 

ここ邑南町での滞在も今日で最後になりました。農閑期や雨天が重なり、十分に畑に行けなかったのですが、「石見大元神楽」という伝統舞踊のコミュニティへの参加や農家さんとの密な話や関係構築を通して様々な学びを得られました。

 

農業においては、今まで経験や勘に頼るいわば職人気質の強いところを改善し、新規参入者の参入障壁を如何にして下げるかを悶々と考えていたところ、BLOF理論という既存の農業の概念を覆してしまうような学術的知見に出会えたのは非常に大きな収穫であると思いました。今後もこれについては継続して学んでいきたいと思います。

 

牛舎でも考えることはたくさんありました。牛舎で感じた「命をいただくこと」に対する重みが到底僕には理解できないだろうな、と感じました。生まれながらに自分の意思なく食用として飼育される牛たち。僕には到底、「いただきますごちそうさま」では感謝の気持ちを伝えることなんてできない、と思いました。「命」をいただくことで生きられること。これは食物連鎖を形成する生物にとって避けられないことです。従って、この悩みを持つことそのものが無意味なのかもしれない。ただ食べ物がどのようにしてできて、今食べられる状態にあるのか。知ることが供養につながるのかもしれないですね。

 

「神楽」を通じて文化の継承の難しさも肌で感じました。ここ邑南町の神楽は比較的若い世代の押し上げもあり、今すぎに世代交代とまではいかないですが徐々に新陳代謝が図られています。地域の小・中学生の遊びに神楽ごっこが乱入してくるぐらい子供達の神楽への憧れは強いそうです。

 

何がそうさせているのでしょうか。1つに交通の不便さがあると僕は思います。ここ邑南町はザ・中山間地域で沿岸沿いの市街地には1時間ほど車でかかります。県庁所在地の松江市までは高速を使っても2時間半ほどかかります。加えて、山々によって集落は分散されています。そのおかげか、地域に根ざした文化圏を形成しているのではないかと思いました。だからこそ自分の地域を見つめる時間が他の地域よりも長く確保できる環境にあるのかな、と。実際に、お世話になっている人の家の縁側で飲み会を開いていると続々と地域の人が集まってきててんやわんやになったり。集落で1つの家族といった感じになっていました。

 

と言葉になっていないですが、農業にとどまらず文化や地域の将来を再度考え直したり、それで考えていることや悩みをおっちゃん世代にぶつけてヒントをもらったりと最高の2週間を過ごすことができました。

 

明後日から二日間という短い時間ではありますが、鳥取県の大山町で農家さんにお世話になってきます。

 

では。