僕の働き方革新
畑は最高だ。
畑の中にいるとめちゃめちゃ早く時間が流れているように感じる。朝から晩まで土にまみれながらよくやれるもんだ、と自分でも思うことが時たまある。畑は聖域なのである。誰にも干渉されない、あるのは作物の命と僕の命。見栄や欺瞞、その他自分を貶める感情が全て洗い流される。「百姓」という「生き方」こそが僕の目指したい生き方であり、働き方だ。まさにライフイズワークなのである。個人的に一番の働き方革新だと思っている。
長時間労働、ブラック企業・・・。最近よく聞く言葉だ。けど、僕は大好きな農業をするのであれば、24時間畑で働いていようが収入が少なかろうがそんなことは全く気にならない。(まあ、家族や社員と共にするようになればこの価値観ももしかしたら、もしかしたら変わるのかもしれないが・・・。)誰かのために生きているのではなく、自分のために生きていきたいからである。
政府は働き方改革なるものを推進している。先に挙げた長時間労働の是正や賃金格差など労働現場における課題は山積みであり、マクロ的な立ち位置から改善しようと取り組んでいる。
だけど、残念ながらこれだけでは変わらないと思う。
いくら労基に基づいて1日8時間、週40時間の労働時間に収まった超絶ホワイト企業に就職したとしても、そこで何をしたいのか、自分の生き方が分からなければもう苦痛でしかない。非本来的な絶望である。8時間も自分のしたくないことをするのはもはや発狂ものだ。僕がその立場になれば、たちまち裸一貫で寿司を握り始めるだろう。
僕が考える働き方改革は何度も言っているが、「どう働きたいのか」ではなく、「どう生きていきたいのか」に尽きると思う。もちろん、今のマクロ的な働き方改革をないがしろにしているわけではない。劣悪な雇用環境は改善されなければならない。だがそこに自分の意志を注ぎ込まなければその改革は達成されないと思う。
これからAIをはじめとするテクノロジーが人間の仕事を奪うと予測されている。もちろん、なくなる仕事があれば生まれる仕事もあるわけで、仕事そのものの総量はそこまで大きく増減することはないだろう。しかし、間違いなく今までのような習慣化されうる仕事は無くなっていくだろう。「与えられる」安定はこの先なく、あるのは「使う」か「使われる」かの二択である。
では、どんな仕事、いやどんな人材が生き残っていくのだろうか。それは「主体的に学び、物事に突き進んでいける人材」であろう。自分がどのような生き方をしたいのか。「働く」とはその生き方を実現するための要素の一部に過ぎない。だからこそ、自分で考え、学び、アクションを起こしていく人こそがこの先自分の豊かな人生を過ごせるはずだ。
社会に出ていない若輩者が何を偉そうに、と思われている方々が多数であると思いますが、僕はこの問題提起を元に自分の生き方で進んでいきたいと思っています。
生まれ変わるのならばまた自分でありたい、と思える人生を描けるように。